結果が見えるのは数年後?! 毎日、段ボールいっぱいの毛束と向き合い続ける「商品テスター」とは|裏方から見る美容の世界

Feb 25.2021
COLUMN

美容の“裏方”であるメーカー。そんなアリミノの社員の視線から美容を見てみる連載企画「裏方から見る美容の世界」第一回です。

毎日、会社の机で箱いっぱい200本もの毛束に囲まれ、必死に毛束を見つめる…そんな少し変わった仕事をしているスタッフが、アリミノにはいます。おこなっているのは、新製品開発の試作品の検証・評価。「商品テスター」と呼ばれる役割です。

「すごいボリュームの検証が、数年単位で毎日続く商品テスターは大変。でも、品質を支えるとても重要な役割なんです」

そう話すのは、現在新たなカラー剤の開発に携わっているマーケティング部技術グループの小笠原彩華(おがさわら あやか)です。とことん毛束やウィッグ、モデルさんの髪と向き合う「商品テスター」の生態を探るべく、話を聞いてみました。

毎朝、段ボールいっぱいの「毛束」がお出迎え! 私の1日は毛束200本とともにはじまる

私の一日は、毛束でのカラー剤の検証(スクリーニング)からはじまります。毎日、研究所から私一人では持ちきれないくらいの大きさの段ボールが届くんです。この中にはサンプルで染色された毛束を貼り付けたファイルが山ほど入っていて、一つ一つをベンチマークとなる毛束と見比べながら近いものを選ぶのが日課です。

「こうやって毛束を貼り付けたシートのファイルが、ドーンと届きます」

例えば、今、手元にあるのは白髪染めのファイルの一部。ファイリングされているシートには、一つのカラー剤につき明るさの異なる4種類の毛束を染めたものが貼ってあります。この毛束をベンチマークと見比べながら「こっちは赤みが強すぎる」「こっちは青みをもう少し足したい」などと評価をしていきます。

「ちょっとした違いに気づけるように、細かく毛束と向き合っています」

こうして毛束を広げてみたり、ベンチマークと近づけて比較したりして、一つ一つ色みを確認しているんですよ。ぱっと見ただけでは違いがわかりにくいですが、こうすることで微妙な差が見えてきます。また、照明を変えてみることも。開発時の照明と、日常生活で当たるライトは異なるので、サロンや普段の生活の中ではどのように感じられるかも確認する必要があるんです。

1時間ほどのスクリーニング後には、モデルさんがいらっしゃいます。毛束のスクリーニングでは、当日モデルさんに実際に施術するサンプルをどれにするか絞っているんです。膨大な数の毛束を見比べるのは難しいですが、モデルさんに協力してもらう施術は何度もできるものではありません。そのため、毛束のスクリーニングはとても重要で、集中力が必要な作業です。

モデルさんの検証では、私自身が施術します。仕上がりを毛束とよく見比べて、人頭に施術したときに狙った色が出るかをチェック。ほかにもチェック項目はたくさんあり、ダメージのある毛先にもちゃんと色が入るか、顔周りが暗くなってしまうことがないか、全頭が均一に染まっているかなどを事細かに確認しています。

サロンでは放置時間を調整したり、他の色と組み合わせたりすることもありますよね。こうした現場に近い条件でも問題なく使用できるかどうかも、この段階で評価しています。また、クリームの粘度や流しやすさなどの使用感、染めた髪の質感なども評価しているんですよ。

その後も1時間半から2時間おきにモデルさんがいらっしゃって検証を繰り返します。午前は毛束をスクリーニングしてサンプルを選び、その選んだサンプルで1人目のモデルさんへ施術、その後また毛束をスクリーニングして2人目のモデルさん。お昼を挟んで午後も毛束と向き合い、モデルさん2〜3人を施術して…というスケジュール。1日にすると、モデルさんでの検証は4〜5人、スクリーニングする数は、色数でだいたい4〜10色、処方数で20〜50、毛束数にすると80〜200本になります。

「毛束をスクリーニングしてモデルさんに施術して…を毎日繰り返しています」

スクリーニングやモデル検証の前後の時間には、結果をまとめて商品プランナー(※)や研究所と共有し、改良点をフィードバック。この作業を毎日繰り返しながら、目標とするカラーを目指していきます。

※商品プランナー:製品の設計図を作成する役割。商品テスターはサンプルが商品プランナーの立てた設計図通りか検証をおこなう。

ヘアカラーは一般的に1系色につき複数色開発するので、一つのブランドで展開するカラーは50色以上になります。私が現在検証しているラインナップでの開発予定数は約100色。そのうちの1色を作るために研究員が試作するサンプルは、少なくて50種類、多くて300種類にもなります。

複数の色を同時並行で進行していますが、だいたい1色作るのにかかるのは3ヶ月ほど。大変ですが、どんな人や髪質でも同じ色に染まるようにするためにこの工程は欠かせません。ほんの少しの色や質感の違いが最終的な商品の使いやすさにつながる重要な工程なんです。

手元の毛束が世に出るのは数年後?!

当然、スクリーニングで期待していたサンプルが、モデルさんで検証すると、うまくいかないこともよくあります。特に難しいのはグレイカラー。黒など濃い色は違いが分かりにくい上、色と性能に加えて白髪がきちんと染まるかもあわせて評価しなくてはいけないので、ファッションカラーよりもずっと難しいんです。モデルさんの白髪の割合によっても色が変わって見えてしまうので、その調整には時間をかけています。

また、1つのブランドで100色も開発していると、後から作った色が先に完成していた色と似てしまうこともあります。そんなときには、ラインナップ全体のバランスを踏まえて、一度決めた展開色をもう一度調整することも。そうやって、さまざまな要素を考えながら進めていくんですよ。

「三歩進んで二歩下がるような毎日ですね(笑)」

今、私が行っているのはカラー剤開発のステップのうち「色処方の検討・決定」ですが、この作業が2021年の9月まで続く予定です。さらにその後、放置時間の調整や他の色との組み合わせなど、美容室で起こりうるさまざまな使用法を、現在の検証よりもさらに幅広く確認する「実使用試験」を経て「全処方決定」となります。現在作っているカラー剤が発売されるのは今から数年後なんです。

全処方決定までの道のりは長く感じますが、早くここまでたどり着いて完成した製品を手に取れる日がくるといいなと思いますね。そのためにも今は、毎日こつこつ一色一色と向き合って、着実に処方検討・決定を進めています。

カラー剤の新ラインナップ立ち上げは開発から発売まで年単位の時間があるので、未来のトレンドを予想しながら色を決定していかないといけません。

美容師さんも次のシーズンや1年先のトレンドを予想することはあると思いますが、製品開発ではそれよりも先を読まないと、発売時にはトレンドが終わったものになってしまいかねません。そうならないように、日頃から街中でできるだけいろんな人の髪の色を見たり、市販のカラー剤の動向をチェックしたりして勉強しています。

毎日届く毛束に、終わりが見えない日々も…それでも見つけたやりがい

私はアリミノ入社前に美容師として5年ほど働いていて、もともとヘアカラーやヘアケアの美容技術は大好きでした。アリミノへ入社してから現在の部署に異動したのは2019年8月です。異動になったときは、「また美容の技術に携われる」というワクワク感と、責任の大きい仕事なので「私にできるかな」という気持ちが半々でした。

最初は細かな色の違いや改良点を言葉で伝えるのが特に難しかったですね。毎日届く毛束の量も膨大で、見比べるのにはかなり集中力を使うし、いつになっても終わりが見えず……毛束を見るのが嫌になってしまった時期もありました(笑)。

でも今は、モデルさんでの検証したときに、毛束のスクリーニングで予想した通りの結果が出たときや、一つのカラーが決まったとき、美容師の経験を生かしてサロンで働いていたときに感じていたことを製品に反映できることにやりがいを感じています。

サロンワークを経験していたからこそ、チューブを絞るといった一つ一つの作業の中で美容師さんがどんな風に感じるかを想像することができる。美容師さんの立場に立ちながら、どうすれば使いやすくなるかを考えていきたいと思っています。

何気なく使っていた気持ちが変化。長く愛され続けるカラー剤を作りたい

この仕事をしてから、カラー剤への姿勢も変わってきました。例えば、美容師の頃は何気なく自分の好きな色を使っていましたが、今は多くの人がたくさんのこだわりを持って作っていることが手に取るようにわかります。だから、私自身がカラーするときは、そのカラー剤がどんな考えで開発されたのか想像しながら楽しみたいですし、たくさんの美容師さんにいろんなカラーを試してほしいと思うんです。

美容師さんが私たちの作った新しいカラー剤で施術したときに、お客様が喜んでくれる。そしてお客様が喜んでくれるから、美容師さんもまた使いたくなる。そんな風に、長く愛されるカラー剤を作れたら良いなと思っています。

Profile
マーケティング部技術グループ 小笠原彩華

小笠原彩華Ayaka Ogasawara

マーケティング部技術グループ

都内のサロンにて美容師として5年間勤めたのち、アリミノへ転職。入社後は商品の使い方をレクチャーするインストラクターや、サロンが行うセミナーのプランニングを経験。産休・育休を経て、2019年マーケティング部技術グループへ異動。美容師資格を活かし、商品テスターの仕事を担う。現在はグレイカラーの開発を担当。

(取材・文/小沼理、写真/河合信幸)

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