業界に先駆けて時短勤務を導入。スタッフ一人ひとりに寄り添うサロンが提唱する「これからの働き方」——アーシュグループ

Oct 23.2025
COLUMN

産休・育休を経て、正社員のまま時短勤務で働き続ける。美容業界ではまだまだ珍しいこの働き方を、十数年前から実現してきた株式会社アーシュ。グループ全体で、スタッフの約半数が時短勤務という柔軟な働き方を実現している同社は、どのようにして「無理なく、長く働ける環境」を築いてきたのでしょうか。

代表の三方拓馬(みかた たくま)さんと、奈良県奈良市「h naturally.(アーシュ ナチュラリー」にて時短勤務で活躍するスタイリスト・迫間真理子(はざま まりこ)さん、アイリスト兼アシスタント・更屋未翔(さらや みう)さんに、制度づくりの裏側と働き方の変化がもたらした効果、働きがいについて伺いました。

「日本での働き方が当たり前じゃない」パリでの経験が“理想の働き方”を考える原点に

―― 三方さんが働きやすい環境づくりに取り組み始めたきっかけを教えてください。

三方さん(以下、敬称略)スタイリストとして忙しくしていた若い頃、パリで半年ほど研修を受けたことがありました。現地のサロンでは完全週休2日制が当たり前で、役割分担も明確でした。日本では、スタッフがお店の掃除をしますが、向こうでは自分の仕事が終わればすぐ帰るんです。掃除は、スタイリストとは別の人が行う。日本のサロンで普通だと思っていた働き方は当たり前じゃないのかもしれないと衝撃を受けました。

長時間労働をしていなくても、それでも社会はちゃんとまわっている。「こんな環境を自分もつくりたい」と、働き方の理想が大きく変わりました。

―― パリで見た働き方が、現在の取り組みにつながっているんですね。

三方そうですね。実際に取り組みを始めたのは、前職時代のサロンから事業継承する形で独立してからです。既存のスタッフやお客さんを引き継ぐ形でアーシュをオープンしたからこそ、スタッフともお客さんとも長く付き合い、一緒に歳をとっていきたいという思いがありました。そのためには、一人ひとりが活き活きと働ける環境を整える必要があると考えたんです。

―― 現在、アーシュグループでは完全週休2日制や第3日曜定休日を導入されています。このような働き方は、どのように実現していったのでしょうか?

三方独立当初は売上を軌道に乗せることに精一杯で、すぐに実現できたわけではありませんでした。完全週休2日制はコロナ禍前から実施していましたが、完全週休2日制の導入は2年前からです。

第3日曜定休日を導入したきっかけは、結婚して京都に移り住むことになったスタッフが「辞めたくない」と打ち明けてくれたことです。独立して新店舗を検討していたこともあり、「じゃあ京都にもお店を出そう」と。その新店舗で第3日曜日を定休日にするアイデアを実現し、コロナ禍からは全店舗へ浸透させていきました。

―― 「h naturally.」も第3日曜定休日になった際、現場で働く迫間さんと更屋さんはどのように感じましたか?

迫間さん(以下、敬称略)「やった!」という感じですね(笑)。異業種の友達と予定を合わせやすくなり、結婚式にも気兼ねなく参加できるようになったのは大きかったです。

更屋さん(以下、敬称略)週末に家族と出かけられるようになって嬉しかったです。それまでは私だけ休日が違うので、予定を合わせるのが難しくて。家族と一緒に過ごす時間も作りやすくなりました。

一人ひとりに合った柔軟な働き方が可能に。新たなキャリアへの挑戦も後押し

―― 産休・育休制度も早くから整備されていたと伺っています。当時の業界では、先進的な取り組みだったのではないでしょうか。

三方17〜18年ほど前に、育休産休に関する企業向けの助成金を申請したら、奈良県内のこの業種で申請があったのは初めてだと言われたのを覚えています。

でも、助成金を活用しようすると条件が厳しくて。というのも、その助成金制度では時短勤務の時間が明確に設定されているので、早上がりや残業といった柔軟な働き方は許容されていないんですね。「今日は子どもの発熱で早く帰りたい」は当然としても、「今日は代わりにお迎えに行ってもらえるので、お客様のためにもう少し残って働きたい」や「この後予約が入っていないので30分早く上がりたい」といった現場の実情に合わせた柔軟な働き方とは、両立しづらかったんです。

そこで助成金にこだわるより、産休・育休後も働いてくれるスタッフの生活を尊重することを選び、翌年からは申請をやめました。

日当たりが良く、木目調であたたかみのある店内

―― 現場の実情に沿った働きやすさを優先されたと。

三方僕らの仕事は、労働基準法に則りながら「自分たちで理想の労働文化をつくる」ことですから。

当時、産休・育休を取得した“第1号”のスタッフのお子さんは、今ではもう高校生になりました。最近では、「子どもが大きくなったのでフル勤務の日を増やしたい」「介護のために週1日だけ時短勤務にしたい」など、子どもの成長やライフステージに合わせて時短勤務を調整しているスタッフもいます。

―― 多くのスタッフが柔軟に働いているのですね。

更屋それでいうと、私はアシスタント時代に結婚と出産を経験しました。また、産休中に今後のキャリアを考える機会があり、三方さんに「職場復帰後はスタイリストを目指すよりもまつ毛エクステにチャレンジしたい」と正直な思いを相談したんです。すると、すぐに受け入れてくださいました。

更屋「スタイリストになることにとらわれずに他のジャンルで頑張ったら良い」と背中を押してくれて、他店舗での技術習得を勧めてくださって。おかげさまで今は、アイリスト兼アシスタントとして、まつ毛エクステの施術を担当できています。

三方もちろん、一人のスタイリストがすべての工程を担うことも素敵なことですが、分業して、自分の得意分野を極める形も素晴らしいですよね。実際に彼女なりの専門分野でお客様の満足度を上げてくれていて、こちらとしても本当にありがたい提案でした。

さらなる成長や効率アップを目指して。時短勤務という環境が、スタッフの意識を変えた

―― 時短勤務をされているお二人の現在の働き方を教えていただけますか?

迫間主に日曜隔週と平日の、8時45分から16時で働いています。

更屋私は火〜土曜の、9時半から16時をメインに勤務しています。

―― 時短勤務になり、働き方や意識にどんな変化がありましたか?

迫間限られた時間の中で、どのようにお客様やスタッフと関わり、成果を上げるか、これまで以上に考えるようになりました。結婚前に取得していた美容メーカーの認定資格も「単価アップにつなげよう」と。提案力を活かし、生産性を上げることを意識しています。その分、集中力も上がりましたね。

更屋時短勤務になってから、私も知識・技術・カウンセリング力を磨くために、メーカーの認定資格や日本化粧品検定に挑戦して。限られた時間内で何ができるか、どのように貢献できるかを考える癖がつきました。

―― 前向きな変化があったのですね。三方さんはお二人の姿をどのように見られていますか?

三方お客様が「またこの人に担当してもらいたい」と思うのは、技術だけでなく、人柄や向き合い方にも惹かれるからだと思います。サロンでの学びはもちろん、子育てや個人的な学習も、その人の深みになる。

だから時短勤務は決してマイナスではなく、その人の力になるんです。二人を見ていても、時短で働きながら磨いてきた前向きな姿勢や人間的な魅力が、お客様との関係性や成果につながっていると感じます。

―― 働きやすい環境を実現するために、工夫していることがあれば教えてください。

三方ルールづくりと自己規律のバランスですね。時短勤務になった分、生産性をより意識してくれた二人の姿勢は本当に素晴らしい。ただ、それを会社のルールで厳しくコントロールしてしまうと、かえって気持ちよく働けなくなってしまうと思うんです。

理想は、会社の仕組みを整えながらも、一人ひとりが心の中にルールを持って動くこと。そのために、日常的なコミュニケーションを大事にしています。スタッフのみんなも、小さな問題が大きくなる前に話し合って解決してくれていますね。

―― 円滑なコミュニケーションの秘訣は何だと思いますか?

迫間社長がすごくオープンだからだと思います。何でも共有してくださいますし、社員も気軽にプライベートな相談ができるくらい話しやすいんです。

あとは、スタッフ同士の仲も良いと思います。時短勤務になってからは特に、他のスタッフの支えがあるから働けて、家のこともできているという感謝の気持ちが大きくて。その感謝があるからこそ、できる限り自分で業務を完結させるようにしていますし、助けてもらったときには必ず「ありがとう」を伝えています。

更屋予約の状況や忙しさ、子どもの体調など、スタッフ間で共有しやすい風潮がありますよね。何かあれば、お互いに声をかけて助け合っています。

ミーティングも営業時間内に設定してくれているので、時短勤務の私でも参加できてありがたいです。社内の決定事項もその時間に共有してもらえるから、こちらの取りこぼしもなく、安心して働くことができます。

産休・育休を経て働き続けることで深まっていく、お客様との信頼関係

―― 時短勤務や第3日曜定休を導入して、売上への影響はありましたか?

三方下がったことはないですね。直近数年間はずっとプラスで、決算的な利益も十分出ています。昨年、カット料金を値上げしましたが、お客様は変わらず来てくれている印象です。これは今までスタッフが積み上げてきた、お客様との信頼関係のおかげだと思います。

迫間お客様からは「プライベートも大事にできて、良い会社やね」と言ってもらえることも多いんですよ。困ると言われたこともないので、本当にありがたいです。

―― ご自身の産休・育休や子育て経験が、サロンで活きることはありますか?

更屋このサロンは親子連れでのお客様も多いのですが、自分も子育てをしているからこそ、親子でいらっしゃるお客様の気持ちがよくわかるんです。親御さんやお子さんに寄り添いながら接客できる部分はあると思います。

迫間産休・育休を経て長く働き続けているからこそ、お客様との関係も長く続けられているという面もあります。昔、担当していたお客様たちが成長して大人になり、今ではそのお子さんも連れてきてくださることがあるんです。幼い頃から来店してくださっていたお客様の成人式など、大切な節目に関わることができるのも本当に嬉しいですね。ここで働いてきて良かったなと、心から思える瞬間です。

チャイルドカットも好評で、ご家族で来店されるお客様も多い

―― これから産休・育休を迎える方に、アドバイスをお願いします。

迫間まずはお客様や会社、スタッフとしっかりコミュニケーションをとっておくことだと思います。人として真摯に仕事に向き合っていれば、お客様やスタッフが「頑張っておいで」「待ってるね」などと温かく見守ってくださるはずです。私はその言葉が、すごく心強かったですね。資格取得にチャレンジするなど、復帰後を見越してキャリアの基盤を作っておくのもいいと思います。

更屋当店のように「ありがとう」を伝え合う環境の中で働いていると、困っているときに声をかけたり、手を貸したりと、周囲を気にかける意識が自然と育っていくのを感じます。それが、産休・育休を支え合う“働きやすい環境”につながっていくんじゃないかなと。だからこそ、感謝の気持ちをしっかり持つことが大事だと思います。

―― 働き方の改善を考えているサロンの方々に、アドバイスはありますか?

三方何から始めるべきか? に対する万能の答えはないと思います。まずはスタッフの要望を聞く、あるいは「こうだろうな」と想像する。そこに必ずヒントがあります。あとは法律上のルールと、自分たちが実現したい働き方を擦り合わせていくことですね。

僕の場合は「今のスタッフたちと一緒に長く働き続けたい」という思いがきっかけでしたが、どんなきっかけでも、スタッフが輝ける環境を整えることに損はないんです。会社にとってのメリットとスタッフにとってのメリットが、相反することは決してありません。まずは試験的にでも、できることから始めてもらえたらと思います。

50代や60代になっても、みんなでイキイキと。お客様とともに年を重ねる、アーシュらしい働き方

―― 今後の展望について教えていただけますか?

三方これからは子育て世代だけでなく、50代、60代とさらに先のステージに向けた働き方や制度を整えていきたいと考えています。私たちは、せっかく美容師という長く続けられる仕事に就いています。定年という概念にとらわれない仕事だからこそ、将来に向けてさまざまな選択肢をつくっておきたいんです。

スタッフがどんな年齢でもイキイキと働ける環境づくりを、これから進めるつもりです。

迫間私自身も「何歳まで働けるかな…」と考えたことがあったので、今の話を聞いて安心したというか、嬉しい気持ちになりました。会社が私たちスタッフの将来を見据えて体制を整えると言ってくれているのは、ありがたいですね。これからもアーシュと長くお付き合いできたら嬉しいです。

更屋私も一緒ですね。柔軟に対応してくれる職場だからこそ、ライフステージの変化に合わせて長く働けたらと思います。

Profile
株式会社アーシュ 代表 三方 拓馬

三方 拓馬Takuma Mikata

株式会社アーシュ 代表

奈良県出身。橿原美容専門学校通信科卒業。2004年「アーシュ」をオープン。お客様のライフスタイルに寄り添い、似合わせとスタイリングのしやすさを重視した提案で支持を集める。第3日曜日定休、完全週休2日制、時短制度などを業界でいち早く導入するなど、スタッフひとり一人を大事にするサロンのあり方を追求している。

Instagram:@h.__naturally

h naturally.スタイリスト 迫間 真理子

迫間 真理子Mariko Hazama

h naturally.スタイリスト

奈良県出身。ルトーア東亜美容専門学校卒業。1人1人の雰囲気やファッションに合わせた似合せカットを得意とする。毎朝のスタイリングやアレンジの提案も好評。2児の母親でもあり、時短勤務で勤務。

h naturally.アイリスト兼アシスタント 更屋 未翔

更屋 未翔Miu Saraya

h naturally.アイリスト兼アシスタント

奈良県出身。高津理容美容専門学校卒業。アシスタント時代に結婚・出産し、復帰後はアイリストとして活躍。2児の母親でもあり、現在は時短勤務で勤務する。お客様一人ひとりに寄り添った施術で信頼を集める。

「h naturally.」サロン情報

アットホームで通いやすい雰囲気が好評の地域密着型サロン。一人ひとりの個性を引き出すことを大切にしたスタイル提案に定評がある。店内にはキッズスペースも完備しており、家族での来店も多い。

店舗展開 4店舗(アーシュグループとして)
従業員数 18名(アーシュグループとして)
サロンコンセプト 一人ひとりの個性を引き出すナチュラル系サロン
サロンターゲット 20〜50代

「h naturally.」店舗情報

〒630-8014
奈良県奈良市四条大路1丁目1−30
Webサイト:https://www.bridal-h.co.jp/index.html/

(執筆/松本紋芽、取材・編集/A PRESS編集部、撮影/スタジオフィルムズ 山田)